先日行ってきた研修の課題の一つに、それぞれのベストプラクティスを選び、そこに自社がたどり着くにはどの様な取組みをしていくのかを考えろ、というものがありました。
(ベストプラクティスとは、先進企業の成功事例、自社の業務改革の目標となる最高水準の状態のことです。)
課題を出された講師はご高名な水口 健二先生、日本のマーケティング界の大御所と呼ばれる方です。
そして、テーマはディライト。
お客様とのすべて接点でワースゴイ、ウレシイ、アリガトウと言って貰える様な仕組みを作れ、と、いう事です。
全国から集まった同業の経営者さんと一緒にセッションをして、次々と素晴らしい提案があり、ディライトな仕組みを実践している企業がたくさんある事を知り、大変勉強になりました。 ほんとに世間は広いです。
情報の共有も研修のテーマの一つでもあり、私達で採用できそうなコトは取り入れていこうと、たくさん“頂いて”きましたので、順次実務として、実践に移したいと思います。
そして、私がベストプラクティスな企業として目標に掲げたのは、今回のセミナーの主催者でもある、株式会社 SHIPです。
前にもこのbiogで書いたことがありますが、私が知っている中で、最も中立の立場を意識してマーケティングをしている会社だと思うからで、その姿勢があるからこそ、弊社とのお付き合いも継続されていると言えます。
その道のプロフェッショナルとして、顧客思考の一番底に、揺るがぬ姿勢としてなくてはならない「中立の立場」。
事実を包み隠さずお客様に伝え、その上で自社の提供できるメリットをお伝えして、その後に選択してもらう。
そんなアタリマエのルールを守るべきが、守れずに、今年の世相を表す漢字を“偽”としてしまった企業の多かったこと・・・。
正直に、誠実に。を守れずして誰にも喜んでは頂けないでしょう。
スミレの花言葉は真実の愛、誠実、謙譲(ちょっと女の子っぽいか?)
再度、アタリマエのコトにしっかり目を向けて、消費者の方に存続を望まれる企業へ、
一歩ずつ、本質に向って前に進んで行きます!!
今日のECO=
最低限の照明と、暖房器具停止で今も仕事、ついさっきまで、工務のひめークンと彼の目標設定と、習慣として取り組む行動について個人面談するも、やっぱり最低限と停止。
暗~い事務所で、寒そ~うに夢を語ってくれました。(笑)、(悪かった、ゴメン)
私は毎日セーターを着込むのが習慣になっており、そうでもない。(横暴か?)
離れてみるとやっぱり暗い。。。
すみれの花言葉、いいですね。
やはり人間「誠実」に生きなくてはいけません。
誠実に生きるということは、言葉にすれば単純のようで、それ自体はたいしたことではないように聞こえますし、誰でも出来るかのような幻想を抱かせますが、「誠実に生きる」ことは、誠実に生きたことのない人には絶対にわからない壮絶な人生があったりするものなのかなぁ~なんて思ったりします。
誠実に生きることによって、多数の不条理と出逢うことになるでしょうし、まずその覚悟なくして誠実に生きることなど不可能なのかもしれません。
誠実に生きて、誠実に一途に人を愛する。
これこそが人間にとって究極の生き方、そして現代人がなくしつつある人間としての大切な魂なのだと私は思います。
どんなに世間が汚れても自分だけは誠実に生きる!!
この芯の強さなくして真実の人生も、真実の愛の実現も、ドラマのある人生も実現できるものではないに違いないのでしょうか。
生きるという事はそんな堅苦しい事なんでしょうか?知らない間に人を傷つけている事もあるだろうしほとんどがそれに気が付いていないのではないでしょうか?自分を通すという事は人を泣かすという事でもあるかも知れませんせんよ
↑確かに。
自分が意識しないうちに、相手を傷つけているといったことも多いものです。逆に相手を傷つけてしまったと悔やんでいた所、相手にすればなんでもなかったりも。
そういうことを考えると、人間はみな人を傷つけながら生きているのかもしれませんね。
それでも人の痛みがわかり、人の気持ちを汲んであげることが出来る人間になりたいもの…日々修行です。
皆様、熱いコメントを有難う御座います。
考えさせられました。
私にとって、誠実に生きることは、所詮、自分自身の価値観の中の良心に従う程度のこと。
社会に対して、誠実か、自分に対して誠実か。
人を傷つけてまで、己の正しいと信じる信念への道を貫くか、誰も傷つけない良心に従うか、どちらも誠実に生きることに変わりは無いと思うのです。
今は、自身の良心の根拠を探すだけです。
本質は一つか?ですね。
答えを導くには、まだまだ時間がかかりますが、
何人たりとも裏切らない姿勢だけは、守ります。