照千一隅とは一隅を守り千里を照らす事。

1月4日 曇りのち晴れ

前開

前開

昨夜は実家にて正月恒例の麻雀。

恒例と言っても(4人で打つ)麻雀なんて、実家に帰った時くらいしかやらないので、全くもって勘が戻らないまま、いつも通り、妹夫婦と母親のいいカモになってきました。(涙)

義弟のクマちゃんは正月早々、親の役満をツモるという縁起のいい巻き返しですっかりご満悦。

年明けから(点棒は払ったけど、)いいもの見させて頂きました、くまちゃんありがとね(笑)

Big man street

Big man street

 

遅くまで麻雀にヒートアップしていたせいで、私だけ家に帰り損ねて今朝は今年初めての朝帰りとなってしまいました。

ついでに、と昭和生まれの神戸っこの聖地、湊川商店街で今年初めてのお買い物。

 

久しぶりに上品な草履を買って帰りました。(笑)

 

 

蛇革の草履

蛇革の草履

 

さて、あっという間だったお正月休みも今日でおしまい。

明日からまた忙しい日常に戻ります。

そのリズムを取り返すべく、1週間のスタートの日曜日ということで、いつもの通り、ランニング。

 

いつもの太山寺にお参りも兼ねてひとっ走り行ってきました。

 

 

照千一隅

照千一隅

 

 

おらが街の国宝、太山寺の山門の手前にこんな大きな石碑が建っています。

毎週の様に通い詰めているので、見慣れていると言えばそうなのですが、今年の家族での書き初めですみれママ☆が書いていたのがコレだったな〜と思い出しふと足を止めてしまいました。

そう言えば、と、天台宗の開祖、最澄が紹介した中国の故事として有名ですが、なかなか深い意味だったことを思い出しました。

以前にもこのブログで紹介した事がある様な気もしますが、備忘録としてもう一度アップしておきたいと思います。
『照千一隅』の意味を一般的には、世の中の一隅を照らす事が国の宝と言う風に解釈されている事が多い様に思いますが、最澄が朝廷に捧げた文章は、

「国の宝とは何物ぞ、宝とは道心(みちごころ)なり。道心ある人を名づけて国宝と為(な)す。 故に古人言(いわ)く、径寸十枚、これ国宝にあらず。一隅を照らす、これすなわち国宝なりと。 古哲また言く、能(よ)く言って行うこと能(あた)わざるは国の師なり。能く行いて言うこと能わざるは国の用 (ゆう)なり。能く行い能く言うは国の宝なり。三品(さんぼん)の内、ただ言うこと能わず行うこと能わざるを 国の賊と為す。すなわち道心ある仏子、西には菩薩と称し、東には君子と号す。悪事を己に向かえ好事を他に与え、 己を忘れて他を利するは慈悲の極みなり。」

とあり、「径寸十枚非是国宝 照千一隅此則国宝」の故事とは、

中国の戦国時代の斉の威王が、隣国の魏の 王の

「自分は宝として直径一寸の玉(宝石)を10個持っていて、この玉で24台の車(馬車)の前後が照らせる」

とい う自慢話を聞き、

「私はそのような玉は持っていないが優れた武将を持っている。彼らは国の一隅を守り、敵を寄せ付け ず、国内の治安もうまくいっており、彼らは千里(国全体)の広い範囲を照らしている。この人材こそが私の宝だ」

と言った故事に基づいているようです。

従って「照千一隅」は「一隅を照らす」とされていますが、実際は「一隅を守るは千里を照らすなり」という意味で、 すべての人がそれぞれの分野で全力を尽くして生きて行くことが、結局は国全体を照らすことになるという教えが本来の解釈となるようです。

決して一人の力で出来る事ではなく、それぞれの立場を全うする人が力を合わすことで千里を照らす事が出来ると、

そして「己を忘れて他を利するは慈悲の極みなり」は「忘己利他(もうこりた)」という言葉で表現され「自分のこと を忘れ、他人のために尽くす」という仏教の精神を説く言葉として良く知られていますが、私の今年のテーマである『優しさ』にも通じるよな、なんて勝手に思ったり。(笑)

書き初めに書く言葉はある意味、一年のテーマでもあります。それにしても(と言うよりも毎年ですが、笑)凄いテーマを掲げたもんやな、と改めて舌を巻いてしまいました。

それぞれがそれぞれの立場で責任を全うする事。

そう言えば、創業時に作ったすみれのミッションステートメントは全くその思想のままでした。

 

ちなみに、すみれのミッションステートメントはこちら、

  • 設計する者として真剣・誠実にお客様のご要望に耳を傾け、最善のプランを作成します。
  • 工事する者として日々切磋琢磨し、技術・サービス・管理能力の向上に努め、その結果としての低価格への挑戦をし続けます。
  • 工事店として全ての方に「知って良かった」と言っていただくまで、諦めないサービスに努めます。
  • 建築のプロとして建物の長寿命化を果たします。
  • 日本の伝統工法の継承者として次世代の育成に努めます。
  • 人として常に良心に従った行動をとります。

 

『照千一隅』

私も明日から初心に戻って自分の為すべき事を精一杯取り組もう、と思った正月休み最後の日となりました。

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