世界報道写真展2017

7月13日 晴れ


引き続き東京にて。

東京は今日も快晴。完全に梅雨は明けたやろ。と思ってしまういい天気が続きます。
昨日までのリフォーム産業フェアを終えて、明日から【第6期】職人起業塾@東京がスタートということで、谷間の今日も引き続き東京に滞在中。あれこれと予定もありましたが、研修の開始を明日に控えているにも拘らず、まだ厚生労働大臣の認定通知書が出ていない事業所があり、その対応に振り回される1日になりました。これまで事務局から何度も問い合わせをしていたところ、のらりくらりとした回答に終始した挙句、瀬戸際になって原因を明らかになったのは、単なる東京労働局の凡ミスで本省(厚生労働省)に書類が渡っていないことが今更発覚!日本の首都、大都会東京は地方に比べてあらゆることが進んでいて、ちゃんとしていると思いきや、意外にそうでもないという衝撃の事実にうち震えながら責任の所在と、今後の対応について詰め寄ることになりました。結局、何とか事なきを得る事にはなりましたが、この国はいったいどうなっているんでしょうか。

  

 

東京ならでは、、

そんなドタバタした1日を過ごしながらも、せっかく東京にきたのだから、と合間の時間を利用して東京ならでは、地方に居ては中々触れることが出来ない「コト」に触れる時間を持ちました。世界有数の大都市東京と地方都市との格差は色々ありますが、(私が考える)最も大きな違いは、文化的な情報の東京一局への圧倒的な集中です。大阪や名古屋も大都会ではありますが、東京のソレとは格段の違いがあると思っています。そんなわけで、東京に滞在する際はできるだけ美術展などの展覧会に行く時間を持つようにしています。

 

 

世界報道写真展2017

今回は東京都写真美術館で開催されている世界報道写真展に行ってみました。実は、私、若かりし頃、報道カメラマン(戦場カメラマン?)に憧れていた時期があり、報道写真には非常に興味を持っているのと、最近流行りの写真系SNSのInstagramを見ていて、写真の撮り方一つで同じ事象の伝わり方が全く違うのを強く感じていたからです。

毎年、世界中の約100会場で開催される世界最大規模の写真展「世界報道写真展」は60回目を迎えます。 今年は125の国と地域から5,034人のフォトグラファーが参加し、80,408点の応募がありました。大賞などを含め、 受賞作品を紹介する「世界報道写真展2017」を6月10日より東京都写真美術館で開催します。
今年は、8つの部門25カ国から45人が受賞しました。大賞は、トルコのブルハン・オズビリジ氏の作品です。 トルコの首都・アンカラで開かれた写真展で、現地の警察官が駐トルコ・ロシア大使を射殺した事件を捉えています。
マグナス・ウェンマンはイスラム国(IS)の恐怖と食糧難によってやむなく郷里を去り、避難民キャンプで過ごさざる を得ないこどもの姿を撮影しています。こどもが夢や希望をなくす姿を静かに伝え、人々の部で単写真1位を受賞して います。このほか、リオデジャネイロ・オリンピックの決定的瞬間をとらえた作品や漁具により生命が脅かされるウミガメ の姿など、世界の現状を伝える写真が並びます。紛争、環境問題、スポーツの決定的瞬間から日常的な場面に至るまで、 普段目にすることがない、世界の「いま」を見ることができる貴重な機会です。

 
写真の力

現在、世界が 抱える問題や失われ行く文化、スポーツでの決定的な瞬間などをテーマごとに分かれて受賞作品を中心に展示されている報道写真を観て感じたのは、この世の中はまだまだ苦しみと哀しみに溢れ、成熟とは程遠い未熟な争いが絶えない世界だという事。如何に日本が平和で安穏な暮らしを享受出来ているかの再認識です。同時に、言葉ではなく画像で一瞬を切り取る写真の持つリアリティとその奥に広がる世界を伝える素晴らしい力というか、「その場」に居合せたカメラマンの行動力と勇気に対する憧憬とも言える何とも言えない感情です。

  

  

父親の言葉。

写真展を見ながらそう言えば!と思い出したのは子供の頃父親に言われた言葉でした。「人は誰しも社会と関わって生きねばならない。一度きりの人生は社会を良くする役に立てるべきだ。」はっきりは覚えていませんが、中学生になった頃そんな事を言われて、そんなものかなあ、などと思った覚えがあります。その言葉を意識して生きてきたわけではありませんが、報道カメラマンになって見たいなどと思ったのには潜在的な父親の影響があったのかも知れません。

 

 

人生の意味と意義。

天命を知ると言われる50歳になった今、社会を良くするために生きているかと問われると、胸を張って「そうです。」と答えられる訳ではありませんが、少なくとも自分の為だけに生きている訳ではなく、大した事は何一つ出来ていないにしても、生業としている建築の仕事を通して業界が良くなる様にと走り回っているのは社会との関わりを求めているからなのかも知れません。せっかく天より授かったこの命、何とか意味や意義のあるものにしたいもの。そんな事を思い出させられました。とにかく、先ずはあと10年、気張ってみようと思います。

 
 

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