3月4日 晴れ 煙台にて
中国出張2日目、朝から早速、実習生の送り出し機関である煙台国際に面接に向かいました。
今回は関西技術協力センター協同組合のメンバー3社合同での面接という事で、20名を越す候補生がずらりと整列して待っていてくれました。
簡単な実技試験のあと、個人面談を経て、3名に絞り込んで二次面接と、たっぷり時間をかけて、2名の実習生を指名することが出来ました。
これから入国までに3級レベルの日本語の習得等、まだ越えてもらわないといけないハードルが有るので私の選択の結果はまだまだ先まで分かりませんが、ベストな選択が出来たと思っています。
家族を残して異国の地にやって来る彼らの人生が大きく飛躍するきっかけになることを切に願いつつ、「日本で待ってるよ、」と固い握手を交わして面接会場をあとにしました。
面接を終えて、今回の訪中のミッションがひとまず成功した夜、同行の協同組合のメンバーさん、送り出し機関の担当者、そして中国No1の実積を誇るまでになった煙台国際のyuu会長と夕食を共にしました。
通訳の趙経理を通していろんな話をしましたが、そんな中私がこれだけは聞いて欲しいと話したのは、中国人実習生事業を継続している理由。
今では国策とも相俟ってずいぶんと認知が広がった海外からの実習生の受け入れ事業ですが、関西でそのパイオニアとして奮闘されて規模を拡大されて来たのが、生前非常にお世話になった故嶋田理事長でした。
3年前、その嶋田理事長が急逝されたあと、協同組合の幹部の方が、法改正で建設業の受け入れ条件が変更された等もあって一時途絶えていた実習生の受け入れを再開してくれないか、と訪問されました。
強面のその幹部の方は、目に涙をうっすらと浮かべて、「故嶋田が最後に行なった『商品力の強化』の成果を見て欲しい。」と訴えられました。
実は、実習生の受け入れ事業は社内で賛否があり、工務部のスタッフに諮ると3年間という期間限定の人材よりも、もっと長い目で育てることが出来る若者を採用するべきだ、という意見が多数を占めており、当面実習生事業の再開は見送ることになっていました。
しかし、その幹部の訴えは、『商品力とは人間力と語学力だ!』と、当時どこの機関も取り組むことをしなかった、いや出来なかった実習生の来日時点での日本語検定3級の全員取得と、感謝力に重点を置いた日本式の教育を中国で実施する!と気を吐いていた故嶋田社長との勉強会でのエピソードを思い出すこととなり、社内の反対を押し切って、実習生の受け入れ事業の再開を決定することに私を決意させることになりました、
そして、その決断が現在の王くん、張くんの大活躍に至っています。
私自身、感謝することしきりですが、中国人実習生の受け入れに難色を示していた工務スタッフも配属された彼らのレベルの高さに非常に喜んで、助かっていると言ってくれており、また実習生の彼らも周りから認められる環境で加速度的に技術、語学の習得を早めてくれているのは嬉しい限りです。
と、そんなエピソードと共に、実習生と受け入れ企業の双方のこれからの為に、(為替の問題や、中国国内での賃金の高騰など、様々な問題は有りますが、)今のレベルを維持、継続してもらえますように、とyuu会長にくれぐれもお願いをしておきました。
故嶋田社長の夢であり、遺言です。と。
いろいろと難問も山積みの日中間のこの事業が民間レベルで少しずつでは有りますが、小さなWin-WInの関係を広げ続けることで『世界中の人に日本を好きになってもらう』という理念の実現に寄与出来ればと思っています。
『夢は叶う。叶うから夢なんだ』
嶋田社長、あの世から見てくれてますか?