21年。

1月18日 雨のち曇りのち雨のち晴れ 

雨から一週間がスタート。

朝は冷たい雨が降り、かなり冷え込みましたが、その雨も夕方には上がり、お天道様を拝む事が出来ました。関東では都心でも積雪が記録されたようですが、こちらはあまり寒さが厳しくならない様に祈りたいと思います。

昨日の日曜日はいつも通り午前中は海岸沿いを走り、寒いながらも気持ちよく汗をかいてリフレッシュ、昼から出社して今週の会合や研修、講演の準備等デスクワークに勤しみ、夕方からは工務スタッフいっぺー君と連れ立って『建設職人甲子園』にてセミナーを受講、懇親会を終えて最終電車で帰宅と、アクティブな1日でした。

 

昨日は言わずもがなの1.17

阪神淡路大震災から、21年の月日が経ちました。
昨日、朝、目を覚まして思ったのは、「今朝も何事も無かった。今日もいつも通りの日常が送れる事に感謝しよう」って事です。
21年前、何の前触れもなく突然牙をむいた大自然の脅威は神戸に住む者に、多大な犠牲をもたらしました。大勢の人が亡くなり、たくさんの建物や道路が倒壊し、それに伴って深い傷を人々の心の奥に残しました。
早いような長かったような、21年の歳月が過ぎて今思うのは私たちは震災に奪われたものばかりではなく、悲しみを乗り越え過酷ながれきの処理や復興を乗り越えてきたことによって、得られたものもあるのではないかということです。

 

震災を通して身につけたもの。

私の中で、1番大きいと思えるのは、日々流れていく時間に対する心がけのような気がします。
それは、ある日突然、当然のように繰り返す日常がなくなってしまうことがあるという体験から染み付いたものです。
またいつ何時、全てがひっくり返るようなことが起こるかもしれないし、そうなったときに後悔がないように毎日を生きなければいけないと心の奥底で常に考えているような気がします。仕事もプライベートも共にできる限り先送りにするのはやめて、今できる事は全てやる、そんな風に考えるようになりました。
スティーブ・ジョブズは毎朝鏡を見て「自分に今日死んでも後悔は無いか?」と問うたとの事ですが、私も「この一瞬を生き切らねば、明日は無い。」と常に意識しているわけではありませんが、何かに追われるようにそんな思考が身についてしまっていたように思います。

 

一期一会の定義。

最近、研修講師等を務める事も多くなり、自己紹介の際に、座右の銘は?と聞かれることが増えました。そんな時、いつも「一期一会です」と答えます。
その定義を『一瞬の出会いが一生に一度のものだと思い精一杯に向き合う』というふうに解釈されることが多いこの言葉、私の解釈は少し違います。

茶の湯を習いに通いはじめて間もない頃、先生に教えてもらったことがきっかけで、「なるほどなぁ」と深く感銘を受けた事があり、それから一期一会を座右の銘として常に意識するようになりました。
茶の湯を教えて頂いている先生に教わったのは、いつもお稽古に行くとさりげなく生けてある床の間の茶花のことです。花はつぼみが開きすぎてもいけないし、季節ごとの花が決まっておりタイミングがずれると活けることができない。その上、茶花は日本の在来種の和花であり、今時、花屋さんに行っても売っておらず、先生はご自分で年間通して自分で花を育てておられるとのことでした。

 

日々の精進が有ってこその一期一会。

先生曰く、茶の湯の世界でよく使われる「一期一会」とは、その一瞬を大事にするということと同時にいつその一瞬が来てもいいように常日頃から精進を怠らない、一年間通して花畑の手入れをして、毎日、絶妙のタイミングで花を摘めて活ける状態を作る様に、習慣にまで昇華される日々の取り組みがあってこそ、とのことでした。

21年前の震災で当たり前の日常が一瞬にして崩れ去り、全てが変わってしまうことがあることを身をもって体験した私にとっては深く胸につき刺さる言葉でした。明日がフツーにやって来るとは限らない以上、一瞬を精一杯生きる事を繋ぎ合わせるしか無いのだと心の奥で感じていたのだと思います。

その教えを頂いてから「あなたの座右の銘は?」と聞かれると「一期一会です。」と答えるようになった次第です。
震災から21年もの年月が経って、あの時の恐怖や悲しみ驚きが薄れてきたとは思いませんが、ここにきてそのおかげで自分自身が成長できたこともあると冷静に思えるようになってきました。

 

人生は振り子。

21年前のあの震災でお亡くなりになった多くの方々へ哀悼の意を込めて、ご冥福を心よりお祈りいたします。
決して震災に感謝することはありませんが、あの悲しい出来事が自分の中でパラダイムシフトを起こすきっかけをくれたことに変わりはありません。

そして、人生は振り子の様に振れ続けます。厳しい、キツい事を乗り越えれば乗り越える程、力を蓄え、次の山を登りきる事が出来る筈。震災から奇跡の復興と言われ、3年程で表面的には復興を遂げた神戸は実はその後の景気の低迷の方がずっと大変だった様に思います。
震災後の3年間、ほぼ休日無しで働き続けたあと、それが落ち着いたと思ったら神戸で建築の仕事は一気になくなりました。そこに消費税増税の追い打ちが有り、奈良、京都まで仕事を探してかけずり回った事は今でもちょっとしたトラウマとなっておりますが、そんな体験が有ってこそ今があるのかも知れません。

 

波に乗り、成すことが出来ます様に。

1.17の翌日の今日、この21年の間に有った様々な事を思い出しながら、そろそろ良い方に大きく振り子が振れます様に、と通りがかりに須磨の綱敷天満宮にお参りに立ち寄りました。

波に乗り!

成す!

 宜しくお願いします!

 

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください