手紙のセミナー

12月4日 雨

今日は今年最後となる新住協関西支部の研修会。

クリスマスツリー
クリスマスツリー

グランフロント大阪のダイキン社のショールームにて空調と換気の勉強を基礎からおさらい。

というよりも、あまり知らなかった最新のエアコン、空調機器の情報を実際の機器や体感ルーム等で見学をさせて頂きました。

プラス、広島からカオル建設さんにお越し頂いて床下エアコンの採用事例の検証結果を後悔して頂く、いつものマニアックな研修で、今回も非常に勉強になりました。

新住協@フーハ
新住協@フーハ

さて、お題目は昨日参加して来たセミナーのこと。

10年前の事です。

当時リフォームをしていただいたお客様に、

「高橋さん、一生懸命事業に取り組んでいる様子だけど、どこかで熱心に勉強してるの?」

と、聞かれた事があります。そして、

「よかったら私が参加している勉強会に行ってみない?」

と誘われました。

その中小企業の経営者が集まる勉強会にはいまひとつなじむことができなくて、入会することはありませんでしたが、その時に知り合った方とのご縁でその後コーチングを受けることになりました。

コーチングを受け続けてきたことで私の事業は、というより私自身が大きく変わるきっかけを頂いて、そのお陰でなんとか今までやって来れたと思っており、今でもとても感謝しております。

そして、また今日、10年ぶりにその同じ方にお誘いを受けセミナーに参加して来ました。

『手紙社長塾』

今日の一番の学びは、『大事だとわかっていることを行動に移さないのは愚の骨頂』てこと。

心理学者のアドラーは人の抱える悩みはすべて人間関係によるものと断言しました。
その解消に重要な役割を果たすのは自分自身の在り方を見つめなおす事なのですが、実際の社会で暮らしていく中で重要なのは間違いなくコミュニケーションです。

インターネットの普及によりクラウドの利用等コミニュケーションツールは多様化し、選択肢が大幅に増えました。

直接顔を合わして話さなくても、情報の共有も、要件のやり取りも出来るし、同時に何を言ったか、何を書いたかの記録まで残る。

恐ろしい程便利な世の中になりました。

にもかかわらず人と人との心の繋がりはその分薄くなっている様な不安を抱いてしまいます。

今日のセミナーの中で、講師の村山会長は言われました。

「世の中はすべからず振り子の法則に則って作用と反作用が常に働きます。そう考えるとデジタル化が進んだ今こそアナログなコミニケーションが求められる時代になっているのではないでしょうか。」

そもそも、コミュニケーションの本質は、要件を伝える事ではなく、心を通わし、信頼関係を築く事。

大事に思っている人、

感謝している人、

気になっている人、

心配している人、

応援したい人、

考えてみると伝えたい人も伝えたい事もたくさん胸の中に持っていて、でも実際は全く自分の思いを伝えていないような気がします。

今日を機にこれからは1人ずつダイレクトに心を込めて伝えたいことを伝える努力をしてみるようにします。

講師の村山会長はメールは用件は伝わるけれども心までは伝わらない。
思いやる優しい心を伝えるには手紙を書くのが1番だと言われました。

セミナーの中のワークで、大事な人に手紙を書きなさい、と言われ書いた文章は、いつも言いたい、でも全く口にして伝える事が出来ていない事で溢れていました。

柄じゃないとか、気恥ずかしいとか、時間がかかるとか、越えないといけないハードルはいろいろありますが、ここは何とか踏ん張って届けたい人に、心を届ける努力をしてみることにします。

そもそも筆無精で、先日もはなちゃんという女の子から手紙をもらったにも拘らず、未だに返事を書けていなかったりして、このところ、胸の中にもやもやしたものが溜まっておりました、

心を込めて書いてくれた手紙にちゃんと返事を返したら、(アタリマエですが、)きっと喜んでくれるに決まっているのに、そんなこと十二分に分かっているのに日常の慌ただしさにかまけておざなりにしてしまっている自分を恥ずかしく、また情けなく、大いに反省した次第です。

手紙を書く、心を届ける。

自分の中でもかなり大きな挑戦ですが、来年に向けて目指すべき大きな目標が出来ました。

今後、(というか来年、)突然、私から手紙が届くかも知れませんが、気味悪がったり、驚かないで頂ければ幸いです。(笑)

素晴らしいセミナーにお招きいただいたことに心から感謝申し上げます。
村山会長、10年前に引き続き今回も私にとっての大きな転換になるきっかけをいただきかったかもしれません。

本当に有り難うございました。

それにしても、お客様にこんなに育てていただけるなんて本当に幸せです。

心謝

どーせむり、では無く、だったらこうしてみれば。

12月3日 快晴

朝から抜けるような青空、と言うより雲がない蒼い空に地上の熱が吸いあげられたような寒い朝になりました。

朝から寒さ対策にニット帽かぶって神戸の北、三田市まで打ち合わせに向かいましたが、寒くても天気の良い日のドライブは気持ちの良いもので、とても良い一日のスタートとなりました。

今日は種子島からはやぶさの2号機が宇宙に向けて飛び立ちました。
朝のテレビで発射の準備をするH2Aの画像を見て北海道のロケット開発をされている会社の社長のことを思い出しました。

TEDという卓越した業績や技術、思想などを持った人がプレゼンテーションをするアメリカの番組がありまして、実は密かに大ファンなんです。
その試みは日本でも行われており、札幌の開催の際のプレゼンテーションにその会社の社長が登壇をされております。

男の子なら誰しもいちどは子供の頃に宇宙に行ってみたいと思うもの。
それを中小企業の社長が子供の頃の夢を叶えるべく真剣に取り組んでいる姿を見て、『思えば招く』、それを信じて挑戦をするという思考を子供たちに持ってもらえたら嬉しい、との事でした。

民間の1企業が自社で宇宙開発のロケットの制作や無重力状態を体験できる装置を作って宇宙に飛び立つ訓練をしている、という決して国家ぐるみのプロジェクトではなくても宇宙に手が届くという、まさに夢の様な事を実践されておられます。

作業服姿で身振り手振りもなく直立不動のまま朴訥に話されるその社長の話の中で私の心にとまったものが2つありました。

1つ目は、「どーせむり」と言う言葉をやめよう。

2つ目は、「だったらこうして見れば」を口にしよう。

チャレンジさえもしてないことに対して諦めてしまう風潮が世の中に蔓延していることを憂い、そしてチャレンジする人を応援する人が増える世の中になってほしいと熱く語られておりました。

彼にとって宇宙開発は夢などではなく単なる手段だと言っておられましたかその目的とは、上の2つの思考を世の中に広めたいとのです。

植松努社長のブログを引用させて頂くと、その目的は、

僕は、児童虐待をなくしたいのです。
人の可能性を奪う人や、人の自信を奪う人がいない社会を作りたいのです。
でも、そのためには、
児童虐待をする人や、人の可能性を奪う人、人の自信を奪う人を、
皆殺しにすれば良い、というものではありません。
児童虐待をする人や、人の可能性を奪う人、人の自信を奪う人が、
なぜそうなるのかを考えました。
そして、僕は、
自信を奪われた人が、他者の自信を奪う。
可能性を奪われた人が、他者の可能性を奪う。
そしてそれは、必ず、自分より弱いものに向かうので、
その結果、最も弱い、子ども達が犠牲になる。
という連鎖に考え至ったのです。

とのこと、詳しくは彼のブログを覗いてみてください。

http://tsutomu-uematsu.hatenablog.com/entry/2014/09/09/090255

取り急ぎ、私は彼の仲間となります。(笑)

奇しくも植松社長は私と同じ年、いつまでも見果てぬ夢を追い続けるすばらしい人生、私も目指してみたいと思いますので、「どーせむり」と言う言葉は自分に対しても、他人に対しても絶対に口にしない事を改めて誓いたいと思います。

宜しければ、皆様も。

座右の銘に従うからこそ座右の銘。

12月1日 雨

お朔日は少し早めに起床します。

近所の総社に愛犬チャックと一緒にお参りとそのすぐ側にあるゴルフ練習場に行くのが毎月の日課。

ですが、生憎の天気に行くか、行くまいか迷っているうちに時間が過ぎていき、雨が途切れた隙をついてチャックと走り出しましたが、すぐにまた降り始めた強い雨脚に撃沈、すぐにUターンしてしまいました。。。

とは言いつつ、習慣に対する執着が人一倍強い、『納豆の日』(7月10日)生まれの私は出直せずにはおられませんでしたが、、(笑)

12月 総社
12月 総社

雨だから、という事ではありませんが今日はほぼ一日事務所に籠り、緊急性が無いが為にズルズルと先延ばしにして来た事をいくつか片付けることが出来ました。

しなくちゃ、しなくちゃ、と思いつつ出来なかった事を片付けるのは思いの外気持がすっきりするもので、今年最後のおついたちにふさわしい一日になった気がします。

さて、お題目はそんな中、とある経営者紹介サイトのインタビューを受けた時に閃いたこと。

仲良くして頂いている会長からの紹介で、と来られた初対面の方に改めて

「座右の銘は何ですか?」

と言う質問を受けました。

対して私は、

「ありきたりかも知れませんが、『一期一会』です。」

と答えました。

「良く耳にする言葉ですよね、」

とその担当者が言われたので、その意味を聞いてみると、

「人との一度の出逢いを一生の出逢いの如く大切にし、また感謝をすることだと思います。」

とのこと。

もちろん間違ってはいないのですが、私が座右の銘として常に意識し続けているのは少しばかり違った意味があります。

茶の湯の世界で一期一会のおもてなしをするには平素から茶室のしつらえを万全にしておかなければ、急な客人に満足なおもてなしは出来ないと言われます。

「野にある様に、」と言われる、床の間にごく自然に季節の茶花を毎日活けるには、一年間通して花畑の手入れをしてこそ出来る。

言い換えると日々の精進なくして、一期一会のおもてなしなどあり得ないのです。

起業した頃、なんの取り柄も無い自分に出来る事を考え抜いた挙げ句、地道にコツコツと小さな歩みを進める事しか出来ないと悟り、自分との約束を守る事、成長の為の毎日の習慣を持つ事に執着して来た私にとって、『一期一会』はまさしく常に席の右側に置いて自らの言行を戒める言葉です。

そのようなことを改めてその担当者に説明する事で、ふと閃いた気付きがありました。

それは、このところ一生懸命に考え続けていた来年の経営方針、指針の内容です。

今期は、海外での法人設立や施工、キャルファームさんにご指導頂きながら農業=食への取り組みを始めたり、主宰する勉強会の規模を広げてみたりとずいぶん新しい事にチャレンジをしました。

来年をどうするべきか、と考えていたところに、今日のインタビューで自分の口から出た『座右の銘』を自分で聞いて、現在の自社に必要な事は、毎年新しい事にチャレンジするばかりではなく、自らの座右の銘に従って、今まで行なって来た取り組みを今一度見直し、琢磨と継続をする事が重要ではないか、と思ったのです。

小さな倉庫兼事務所から現在の本社ビルに移転してちょうど十年。

この機会に来年は足元を固める一年としたいと思います。

おかげさまで、お朔日にふさわしい非常に良い気付きを頂く事が出来ました。

他人様に自分の事を聞いてもらうものですね。

伊達さん、ありがとね。(笑)

おまけ、

最近、寝室でずっと右横にいるのは悪さがエスカレートして止まらないこヤツ、(笑)

ニャロと
ニャロと

名声を博する人は20年かかるが、それをダメにするには5分とかからない。

1月29日雨のち曇り時々晴れ

曇り空
曇り空

雨のおかげ?厚く立ち込めた雲が地面の温度を保ってくれているのか、暖かい週末となりました。

久ぶりに地元神戸で迎えた週末は残念ながら朝からクレーム対応に走り回りました。

メーカー施工のシステムバスのトラップからの水漏れ、あってはならない施工ミスがいまだに完全に無くならずに再々起こるのは情けない限りです。

担当者に確認してみると施工後に水を流す検査は行ったとのことで、チェック漏れではなくチェックをしたのに施工不良に気付かなかったことに対して問題の根の深さに余計に気持ちを暗くしてしまいました。

問題に対してその場限りの場当たり的対処を繰り返しているつもりはないのですが、根本的な解決をやりきれてないという結果に今日の天気同様、重たい気分のままいちにちを過ごす事となりました。

「名声を博する人は20年かかるが、それをダメにするには5分とかからない。それを考えたら、人は違った行動をとるに違いない」

と言ったのは、アメリカの有名な投資家ウォーレンバフェット氏。

今一度スタッフ全員と信頼信用を積み重ねることの重要性とそれぞれの立場が担っている大きな責任について考え直してみたいと思います。

そんな自戒を込めつつ、夕方からは3回シリーズの最終回となる「職人のためのマーケティング基礎講座」を開催しました。

今回は、リスクリバーサルの本質について、と日本的価値観、「三方よし」を元にして『あり方』を見直すことで信頼関係を構築していく考え方、最後に目的と手段の考察を繰り返す「刃を研ぐ」習慣を身につけるという3つのテーマに沿ってセミナーとワークを行いました。

職人の為のマーケティング基礎講座3回目
職人の為のマーケティング基礎講座3回目

11月の月末ということでさすがに皆さん忙しかったようで、すみれのメンバーも現場に追われ参加できなかった者が多くいつもに比べると少し少人数での開催となりましたがその分落ち着いたリズムで進めることができたのではないかと思います。

その中でも特に時間をかけて説明したのは「三方よし」について。

スティーブンコヴィー博士は「7つの習慣」の中でその考え方をWINーWINと言う表現をしています。
今ではすっかり世界中でビジネスにおける人間関係の目指すべき姿として認知されているようですが、日本式の考え方はもう少し関係構築をする対象を広範囲に向けています。

三方よし
三方よし

「売り手よし、買い手よし、世間よし」

と言う有名な言葉で近江商人の商売に対する考え方と言うよりもあり方を表しています。

その「世間よし」と言う第三者の利益を守る意識を持つ事は、実はそんなに簡単なものではなく、大きな覚悟が必要です。

そして、その理念を支えるのは『強み』や『高い付加価値』等、信頼を得て商いを行なう実力があるという前提です。

信頼とは、誠実さ×意図×力量×結果の4つのファクターが揃って初めて得られるものであり、ただ、真面目に頑張る、だけでは本当の信頼を勝ち取る事は出来ません。

厳しい条件を一つずつクリアしていった先に誰ともと気持よく商いを通して関係を築く事が出来る様になれるのかも知れません。

事業は常に問題だらけ。

しっかりと方向性を見定めながら、問題解決を繰り返して、徐々に理想とするビジネスモデルの完成に近づいていくのだと思います。

私もまだまだ完成には程遠い、道半ばの起業家の一員、精進して歩みを進めて行きたいと思います。

同じイメージを繰り返しながら 変わっていく。

11月28日 晴れ

晴天
晴天

今日は今年最後の京阪神木造住宅協議会の研修会と理事会。

我ながら、よくぞまぁこれだけ毎日毎日行事があるものだな、と思いますが、定期的に学ぶ事の重要さと、曲がりなりにも理事という立場をお引き受けしている以上、事務所にこもって実務に向かい会いたい気持ちをぐっとこらえて出かけました。

京阪神木造住宅協議会研修会
京阪神木造住宅協議会研修会

今回の研修会議は建築家の伊礼智先生をお招きして、設計の標準化、設計コードについてのお話をしていただきました。

私たち工務店経営者にしてみると伊礼智先生の設計作法をお手本とする会社も非常に多い有名建築家であり、現在の住宅設計業界の第一人者と言っても過言ではないと思います。

私もずいぶん以前に「伊礼智の設計作法」という本などを一生懸命読みふけっていた覚えがあります。

ディティールに神が宿るとよく言われる言葉ではありますが、伊礼智先生の設計の標準化と言うのは1つずつのパートのディティールを突き詰める事の積み重ねなのだと感じました。

ちょうど、すみれでも今設計コードをまとめるという作業をしていることもあり非常にタイムリーで良いお話を伺うことができました。

伊礼智氏講演
伊礼智氏講演

もう1人のスピーカーは伊礼智氏ともよくコラボレーションをされて、彼の設計でモデルハウスを建てられている北播磨、山崎の地域no1工務店のやまひろの三渡社長。

会社の沿革とともに今まで苦労をしてきたマーケティング戦略や仕組み作りについて熱く語ってくださいました。

工務店と言うのは結局、いろんなことを1つずつ積み重ねで行かなければならない、問題が1つ解決するとまた次と、新たな問題を解決する繰り返しなのだと言われておりました。

最後の締めくくりは今まで問題解決を繰り返してきてやっと一息つける様になったと思いきや、ここに来てまだ、とてつもない大きな問題が待ち構えていた、という話でした。

それは私が日ごろ良く口にしている近い将来に起こる職人不足の時代の到来のこと。

工務店としては本当はやるべきだとみんながわかっていて、しかし手をつけることができなかった『禁断の果実』である大工の内製化と育成にこれから取りかかると決意を新たにされておられました。

職人の正規雇用そしてその教育と育成は非常に高いハードルではあると思いますが、そう遠くなくやって来ることが分かっている、大きなリスクに立ち向かえる様に頑張っていただきたいと心から思います。

本当に今日は素晴らしい研修会でした。

最後に、伊礼さんの講演の締めくくりの言葉、

人生と言うものは
同じイメージを繰り返しながら
変わっていくものではないか?

アンディー・ウオーホール

繰り返しながら変わっていく。含蓄に溢れた言葉でした、

ありがとうございました。

心謝。

懇親会
懇親会

人生は至ってシンプル。

1月27日 晴

image

今日は朝から神戸駅近くの神戸産業振興会館に終日缶詰。

理事の末席に参加させて頂いている、『NPO法人ひょうご安心リフォーム推進委員会』の認定事業講習にて受講生と講師を兼ねて参加してきました。

まっとうな建設業者として必要な一定の基準を担保したリフォーム業者のネットワークを構築することによって地域に安心安全のマーケットを作り需要の活性化を図る!という目的で立ち上げられたNPO法人は何とかまずまずのスタートを切ることができました。

記念すべき日だったわけですが、なんと今日は発起人でもある盛理事長のお誕生日とのこと。

盛理事長にとっては人生の中でも深く記憶に刻まれる良い日だったのではないでしょうか、重ね重ねおめでとうございました。(笑)

NPO法人ひょうご安心リフォーム推進委員会 第一回研修会
NPO法人ひょうご安心リフォーム推進委員会 第一回研修会

さて、お題目は少し前にネットにあった記事を見て感じた事です。

元ネタとなる書籍はずいぶん以前にも話題になりその時も非常に感動した覚えがあるのですが、今回は違った意味で心に深く突き刺さりました。

それは、ある会社の面接の話、

*****少し長いですが、ここから転載です。*****

ある会社の入社試験のお話しです。

その会社の社長は
次のようなことに気づかれたそうです。

ノウハウや制度ばかりを追求しても
社員の心が豊かにならないと
組織は活性化しない。

「本当の感謝とは何か?」

を社員に実体験させてこそ
お客様に心から感謝できる社員が育つ。

このことに気づいた社長は
毎年の入社試験の最後に
学生に次の二つの質問を
するようになったそうです。

まず

「あなたはお母さんの
 肩たたきをしたことがありますか?」

ほとんどの学生は
「はい」と答えるそうです。

次に

「あなたは、お母さんの足を
 洗ってあげたことはありますか?」

これには、ほとんどの学生が
「いいえ」と答えるそうです。

「では、三日間差し上げますので
 その間に、お母さんの足を
 洗って報告に来てください。

 それで入社試験は終わりです」

学生達はそんなことで入社できるのならと
ほくそ笑みながら会社を後にするそうです。

ところが、母親に言い出すことが
なかなかできないのです。

ある学生は
二日間母親の後をついてまわり

母親から

「おまえ、気が狂ったのか?」

と聞かれました。

息子
「いや、あのー
 お母さんの足を洗いたいんだけど。」

母親
「なんだい?気持ち悪いねー」

こうしてその学生は
ようやく母親を縁側に連れて行き
たらいに水を汲み入れました。

そして、お母さんの足を洗おうとして
お母さんの足を持ち上げた瞬間・・・・

母親の足の裏が
あまりにも荒れ放題に荒れて
ひび割れているのを掌で感じて、
絶句してしまいました。

その学生は心の中で

「うちはお父さんが早く死んでしまって
 お母さんが死に物ぐるいで働いて
 自分と兄貴を養ってくれた。

 この荒れた足は
 自分達のために働き続けてくれた足だ」

と悟り、胸が一杯になりました。

そして

「お母さん、長生きしてくれよな」と
ひとこと言うのが精一杯でした。

それまで、息子の「柄にもない親孝行」を
ひやかしていた母親は「ありがとう」と
言ったまま黙り込んでしまいました。

そして、息子の手に
落ちてくるものがありました。

母親の涙でした。

学生は、母親の顔を
見上げることができなくなって
「お母さん、ありがとう」と言って
自分の部屋に引きこもったそうです。

そして翌日、会社に報告に行きました。

学生
「社長、私はこんなに素晴らしい教育を
 受けたのは初めてです。

 ありがとうございました」

社長
「君は一人で大人になったんじゃない。

 お父さんやお母さんや
 いろいろな人に支えられて大人になったんだ。

 そして、これからはな
 自分一人の力で一人前になるのではないんだ。

 私も、お客様や従業員や
 いろいろな人達との出会いの中で
 一人前の社会人にならせていただいたんだよ」

———————————–
出典元:木下晴弘「できる子にする賢母の力」

*****転載ここまで*****

この話を読んで、「自分も経営者の端くれならこのようなことを社員に示唆してみたい、」

そんな思いが頭をもたげましたが、実際に自分がおなじ事を言えるかどうかと考えてみて、どうも自信がない、、

これって自分が率先垂範して行っていてこそ人に偉そうな顔をして言えるのではないかと言う疑問が同時に浮かびました。

照れくさいのか、恥ずかしのか、勇気がないのか、、

自分が行動にうつせないことを人に指示をしてやらせるのはどうかなと。

そんなふうに考えてみると、いいと思う事を人に勧めるには全て自分が経験しやらねばできないことになってしまいます、それって、経営者のちっちゃな器の中でしたなんにも出来ない事になってしまう訳で、、それもそれでまずい話であり、、

しかし、、自分ができないとしても若い人にはこのような体験をして気づきを得てもらいたいと言うのも正直な気持ちです。

ちょっとしたジレンマですね。(笑)

この場合の自分が取るべき行動の指針を考えたとき、思い出したのはアドラーの理論です。

心理学者のアドラーは『すべての人間関係は横のつながり』であるべきとと言われています。

『叱るでもない、褒めるでもない横の関係』

それと同時に『自分の問題と他人の問題はきれいに切り離すべき』だとも。

自分ができる、できないにかかわらず、他者にとって良いと思われるものは進めるべきだし、悪いと思うものは進めるべきではない。

当たり前と言えば当たり前、アドラーが人生はいたってシンプルだと言ってたのが少しずつ理解できで見た気がします。

悩み、ジレンマ、矛盾。

この世は面倒でややこしい事で一杯のようで、実はそれ程でも無いのかもしれません。

ま、シンプルにいこ。(^ ^)

『天上天下唯我独尊』への誤解。

11月26日  曇のち雨

六甲山系紅葉
六甲山系紅葉

すみれ事務所は定休日ですが私は朝からガッツリと仕事三昧。

年末に向けてまだまだ店舗改装の問い合わせをいただいており、希望通りの引き渡しができるか、できないかの難しい判断を含めてあちこちと打ち合わせに走りまわりました。

塗装職人川上さん
塗装職人川上さん

店舗工事のお客様はほとんどが事業主もしくは経営幹部の方達です。
ああしたい、こうしたいと言う要望の言葉はそれぞれ皆さん独自の戦略や戦術の具現化に他ならず、仕事をさせていただきながら、同じ経営者として学ばせていただくことが非常にたくさんあります。

「おいおい、OJTかっ、」

と言う感じですが、(笑)日々の業務の中で頂く学びをしっかりと蓄積して次々とオファーを頂く新しい案件に生かせるようにしたいものです。

今日も『強みを活かす』『弱みを消し去る』ことについてたくさんのお勉強をさせて頂きました。

サムライ大工@三宮
サムライ大工@三宮

さてお題目はこのところニュースで話題になっているこの像のこと。

誕生仏
誕生仏

昨日の天上寺でお聞きした法話の中にも登場しておりました、例の韓国が窃盗団を組んで来て、と言う話です。

お釈迦様が生まれたときの姿を現した『誕生仏』と言うらしいですが、この像が示すのはお釈迦様が生まれたときに口にした

「天上天下唯我独尊」

と言う言葉を表現しているとのことです。

なるほど、右手は天を指し、左手は地面を指しています。

昨日の和尚様のお話によると、

「改めてその言葉の意味をひもとくと、人間誰しもただ1人しか同じ人はいなくそれはすべからく尊ぶべきものである」

という意味だそうです。

私は、恥ずかしながら長い間、大きな勘違いをしておりました。

お釈迦様が生まれたときに

「我こそが天上天下にただ1人卓越した存在である」

といったと思っておりました、何人たりとも私を越えられない超越した存在である、といったのだったと、、

ちなみに、ネットで調べてみると、辞書と言われるサイトでも私と同じ解釈を堂々と書いているものも散見されます。

Wikipediaではこんな解釈、

意義
元来、「天上天下唯我独尊」は、釈迦が言ったのではない。釈迦以前に出世したといわれる過去七仏の第1仏である毘婆尸仏(びばし)が誕生した際に言った[5]とされる。
しかしそれが、釈迦が生まれた際に、他の人々がそのように讃嘆したという説が生じて、のちに釈迦自身が誕生直後に自ら言ったと信じられるようになったものである[6]。
『大唐西域記』(646年成立)の中に記載されている、釈迦の誕生当時を伝える誕生偈と呼ばれる偈文には、
天上天下唯我独尊

今茲而往生分已尽

という一節が記されている。現代語に訳すと「全世界で私が一番尊い」という意味である。
「天上天下唯我独尊」の意味を「全世界で私たち一人一人の人間が一番尊い」と解釈する説もあるが、経典上の根拠が全く無い説である。釈迦の誕生を伝える仏典には、『佛本行集経』卷八・樹下誕生品下、『佛説太子瑞應本起経』卷上などがあるが、代表的な『修行本起経』卷上・菩薩降身品第二には、
天上天下唯我為尊 三界皆苦吾当安之

とあり、欲界・色界・無色界の三界の迷界にある衆生はすべて苦に悩んでいる。私はこの苦の衆生を安んずるために誕生したのだから、尊いのであると言う。ところが残存するパーリ仏典はやはり大乗仏教の影響を受けており、『大唐西域記』と同じように、釈迦自身の解脱という点で尊いとしている。この利他の面で尊いとするのか、解脱という利自の面で尊いとするのかに、時代による釈迦観の違いが現れている。
さらに、「天上天下」という言葉で、仏教の立場を説いているという解釈もある[要出典]。「天上」とは、世界の一切の事象をすべて神の意思であるとする、当時の「尊有論」の立場とし、「天下」を、一切の事象は偶然によって支配されていると考える「偶然論」の立場と説明する[要出典]。この両極端を否定して、釈迦は真実の姿は縁起によって現象するのであると自覚したから尊いのであると説明する。

故事ことわざ辞典ではこちら、

天上天下唯我独尊
【読み】 てんじょうてんげゆいがどくそん
【意味】 天上天下唯我独尊とは、この世に個として存在する「我」より尊い存在はないということ。人間の尊厳をあらわしている言葉だが、「唯我独尊」はこの世に自分より優れたものなどないという思い上がりの意味でも使う。

浄土真宗の親鸞会のサイトではこのように書かれています。

「唯我独尊」の「我」というのは、釈尊だけのことをおっしゃったのではなく、我々、人間ということなのです。人間なら誰しも、釈尊と同じように「天上天下 唯我独尊」なのであり、そういえるのです。

 では、「独尊」とは、どういうことかといいますと、たった一つの尊い使命ということで、自分一人が尊いということではありません。

 ゆえに、「天上天下 唯我独尊」ということは、天上・天下広しといえども、我々人間にしか果たせない、たった一つの聖なる目的があって、生まれてきたのであるということです。

世の中の事象は全てそれを見る人のパラダイムによって世界観が変わるものなので、様々な解釈があるのは致し方ないと思いますが、少なくとも私はこれから、

『天は人の下に人を作らず、人の上に人を作らず』

という福沢諭吉の『学問のすすめ』の冒頭にある言葉と通じて、人の多様性を認め、尊び、重んじる戒めの言葉として覚えておきたいと思います。

皆がみな、天上天下唯我独尊、って素晴らしい!

ちねみに、お釈迦様は摩耶夫人の右脇から生まれたとされておりまして、神戸の摩耶山天上寺は日本で唯一その摩耶夫人を祀っているお寺だとのことでした。

ご住職の説法も楽しいし、神戸の街を一望出来る眺望は見応え十分、そして安産祈願には抜群の効果効能、いや、ご利益があるとの事ですので、これから出産を迎えられると言う方が身近におられたら、是非お参りしてみてくださいね。

知られざる、神戸の名所です。

摩耶山天上寺にて若手社員と座禅体験の会。

11月25日 雨

三連休明けの火曜日は一気に世間が動き出す、というか持ち越したタスクを片付けるのに朝からドタバタしておりました。

今週でいよいよ11月も終わり、佳境を迎える現場も多く、各現場では年末の体制へのシフトが始まっておりますが、ここは少し気持を落ち着けて、、

昼からはかねてから参加しているNPO法人ひょうご新民家からお誘いを頂いていた地元新聞社の企画、

『経営者と若手社員で座禅体験と法話を聴く会』

に、工務部の大工の大ちゃんと、設計部の売り出し中プランナーカナちゃんと一緒に摩耶山天上寺に参ってきました。

天上山 山門
天上山 山門

座禅というと道元禅師がただ座すると提唱された禅宗のそれをイメージしがちですが、今回はインドの法道仙人によって開設された密教の古刹ということで、平安時代からの流れを汲む座禅を体験させて頂きました。

若手社員と座禅体験の会
若手社員と座禅体験の会

半跏趺坐を組み、印を結んで、姿勢を正して、呼吸を整える。

少しの時間ではありますが、忙しく過ごす日常の中でなかなか持てない、静かに自分の内面に意識を集中する時間はとても良いもので、座禅を終えた後はなんだか身体が軽くなった様に感じました。

お住職による法話も、仏教の話しから人として、また企業としての在り方など幅広く、娑婆の中にある私たちにも非常に分かりやすく話してくださいました。

摩耶山天上寺本堂
摩耶山天上寺本堂

時代は変わり、価値観も多様化する中で今一度、社訓を見直してみたり、先達の家訓を学びなおしてみてはどうか、という事業者向けに有り難い提案まで頂きました。

若手社員さん達もそれなりに感じるものがあったのではないかと思います。

天上寺本堂
天上寺本堂

その中で天上寺にも縁のある徳川家康の家訓を引き合いに出されて、改めて読み返す機会を頂きました

人の一生は重荷を負うて遠き道を行くがごとし。

急ぐべからず。

不自由を常と思えば不足なし。

こころに望みおこらば困窮したる時を思い出すべし。

堪忍は無事長久の基、いかりは敵と思え。

勝つ事ばかり知りて、負くること知らざれば害その身にいたる。

おのれを責めて人をせむるな。

及ばざるは過ぎたるよりまされり。

有名な家訓なので私も知ってはいましたが、改めて示されると以前は感じる事の無かった深い示唆を受けた気がします。

ちなみに、すみれでは社訓の代わりに創業時からミッションステートメントを定めています。

これ、

設計する者として真剣・誠実にお客様のご要望に耳を傾け、最善のプランを作成します。

工事する者として日々切磋琢磨し、技術・サービス・管理能力の向上に努め、その結果としての低価格への挑戦をし続けます。

工事店として全ての方に「知って良かった」と言っていただくまで、諦めないサービスに努めます。

建築のプロとして建物の長寿命化を果たします。

日本の伝統工法の継承者として次世代の育成に努めます。

人として常に良心に従った行動をとります。

私達が誓うこのルールに従い、お客様に安心と安全そして心地よい環境を提供いたします。

理念として掲げる、『建築の仕事を通して地域社会に貢献する』という目的を果たす為にそれぞれがそれぞれの立場で、誠実に業務を遂行して欲しい,と言う想いで作った覚えがありますが、それももう15年前の事。

この機会に今一度、スタッフと一緒にこの考え方、行動指針の体現を考えてみるべきではないか、なんて思った次第です。

天上寺から神戸港を望む
天上寺から神戸港を望む

本日は素晴らしい機会を頂けた事に、心から感謝申し上げます。

ありがとうございました。

心謝

有り難い人生考。

11月23日 曇 三連休最終日

今朝は珍しく、新潟のホテルから少しゆっくり目の始動となりました。

朱鷺メッセ
朱鷺メッセ

昨日は、新潟で現場があった際などで普段から何かとお世話になっている大建建設の高橋社長の結婚式に出席、全国から40名近くも集まったJACKのメンバーさん達と共に高橋社長の新たな人生の門出をお祝いをさせて頂きました。

高橋社長結婚式
高橋社長結婚式

よくあまり宜しくない言い回しとして、『類は類を呼ぶ』と言いますが、真面目で真摯な姿勢で事業に取り組む高橋社長の元には、役員さん、社員さん、協力業者さん、そして奥様も同じ様に素晴らしい人達が集まってきてるのだと改めて感じました、良い方の類類の典型ですね。

 

そして、結婚を機にまた想いを新たにこれからの精進を誓われた高橋社長の『恩返しを出来る様に頑張ります』と言う言葉には同じ経営者として感動すら覚えました。

高橋社長、この度はこのような素晴らしい席に御呼び頂きましてありがとうございました。

これから、益々のご発展とご健勝を心から祈念致します。

 

旧小沢家住宅
旧小沢家住宅

さて、実は今回の新潟行は若干の波乱含み、というか小さなトラブルがコツコツと起きました。

まずは、往路で空港にチェックインしようとすると、ツアー予約のポータルサイトがアクセスが集中してサーバーダウンしてしまい、チェックインに必要な番号が確認出来ない状態になってしまいました。

ギリギリになって、ANAのカウンターに相談に行くと、名前だけでもチェックイン出来るとの事。

いつも利用している国際線のLCCでは考えられない親切な対応に感謝しながら席を確保してフライトに漕ぎ着けました。

次は、フライトする便の到着が遅れて、打ち合わせの時間に間に合わなくなり、続いてクライアントが急用が出来て立ち会いが出来ないと言う連絡、、

ま、それぞれなんとかなりました。

昨日の結婚式でもちょっとした、でもあんまり聞いたことの無いトラブルとそのリカバリーに秀逸なオチがあったり、帰りの飛行機もやっぱり遅れたり、、(苦笑、)

 

何となく波乱含みやなー、なんて思いつつ、復路の伊丹空港に降り立って、最大のピンチが降りかかりました!

 

 

なんと、財布が無い!

 

やっちまったー!と色を無くしながらまたまたANAのカウンターへ。

「飛行機の中で財布を落としたかも、」

と相談すると、

「既にその便は清掃も終わり次のフライトの乗客の搭乗の行いました、清掃員もCAからも遺留物の報告はありません。もうすぐ鹿児島へ飛び立ちます。」

と、絶望的な回答でした。

ガックリと肩を落としていると、

「でも、もう一度、探してみます!」

と、信じられないくらい親切なANAの木津さんは係りの人に連絡をしてくれました。

暫し経って、なんとかして神戸まで帰る手立てを必死に考えていた私のところに、天使の様な笑みを満面にたたえたそのANAのカウンター嬢がやってきて、

「ありました!貰って来ます!」

と言いながら搭乗口に向かって走って行きました。

 

「助かりました、ありがとう。日本って最高の国やな、」

と帰ってきた彼女の手を取って、何度もお礼を言ったのは言うまでもありません。

大阪空港
大阪空港

いろいろとあった今回の出張。

改めて思ったのは、難の無い無難な旅より、難の有る旅の方がずっといいってコト。

これって、有難いということですよね。(笑)

 

難儀が有る事で、記憶に残り、日常に無い体験にドキドキし、何とか切り抜けた!と喜び、そして自分を守ってくれる何かに深く感謝する機会を頂ける訳で、おまけに面白い旅のエピソードを人に話せるネタにも事欠かないし、(笑)

その時はまーまー焦るし、大変ですが、後で振り返ると全ては有り難い事になっていることに気がつきました。

 

『死ぬ事意外はかすり傷』と新潟でも一緒だった大阪のスター社長、Kさんは良く言ってますが、いろんな困難が来るからこそ、乗り越える事の嬉しさや楽しさ、達成感を味わえるのだと思います。

 

皆様、本当にありがとうございました。

 

有り難い人生に心から感謝します。

 

心謝!

旧小沢家中庭
旧小沢家中庭

新潟にて。

11月22日 快晴    3連休の初日   いい夫婦の日

今日は朝から新潟へ。
久しぶりの伊丹空港からのフライトでした。
新潟についてみるとやっぱり日本海でもいい天気でして、思いのか暖かく、少し拍子抜け。(^ ^)
ま、夜はそれなりに寒くなりましたが。
昼夜の寒暖の差が激しいと言うよりも、今週の沖縄出張に続いて今週は北国という距離の移動が激しいことで体調も崩しそうな予感がしています。。
と言いながらも、いたって元気なのは日ごろこつこつとやってる運動が効いているのだと思います。
新潟駅南口
新潟駅南口
お題目は久しぶりの新潟に降り立って感じたこと。
前回の訪新では、仕事の合間にむりやり時間を作って良寛和尚のゆかりの地である、五合庵に行きました。
厳しい寒さをしのぐにはあまりにも質素な小さな庵を訪れて感じたのは、良寛和尚が選び生きた人生=修行はこんなにも厳しいものだったという事でした。
その時、確かに人生の真理に向き合い極める厳しさを感じ、自分の価値観が少し変わったような気がしたのです。
このところ、人の『在り方』について考える機会が増えたのは実はそのことがきっかけとして遠因となっていたのかもしれません。
しかし、残念ながら神戸に帰ってまたいつもの忙し時間を過ごすうちにそんな事はすっかり忘れてしまうのが悲しいかな人の性。(涙、)
最近は五合庵で感じた事をあまり意識する事無く日々を過ごしておりましたが、新潟駅に降り立ったとたんにその時の事が鮮明に思い出されました。
記憶はイメージに刷り込まれると言いますが、まさにそれ。
萬代橋
萬代橋
どうやら、私にとっての新潟は人生の目的を考えたり、魂を磨く事の意味を見つめなおす場所になっているようです。
今回は仕事半分、プライベート半分、どちらも楽しんで帰りたいと思います。(笑)
新潟大学前
新潟大学前